2009年12月15日

人の親

 
今年8月いっぱいで同僚O君(32歳・独身)が退社した。
理由の主たるは会社と上司への不満・・・という点は
わりとスタンダードな内容である。

誰も送別会の話を持ち出さないので、
O君とは仕事上で関わりのあるM君に
「O君と呑もうよ」と持ちかけて連絡を取って貰い、
その月の中旬に男3名でささやかな送別会をした。

それまで一緒に飲んだ事のないメンバーの異様な光景。
だが、不満の募る二人はグチを吐きたい放題で
聞いているだけで楽しめるるんるん

M君の切なすぎるコイバナも飛び出し
たった3名で呑んでいるにもかかわらず
異常な盛り上がりを見せた。


そして、別の部署の社員S氏の話題に差しかかった時、
彼の怒りのボルテージは急上昇グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)

仕事上の直接的な関わり合いは無いものの
労働組合の引き継ぎの際に相当嫌な気分にさせられたらしい。

「あれでも人の親かよっむかっ(怒り)=v
というフレーズが出てきた。



『人の親』

よもや、文字通りの生物学的な意味合いではあるまい。
彼が示唆したのは『責任のある人間か否か』という点だろう。

実際にS氏が自分の子供に対して
どれだけの事をしているのかは知る由もない。

O君にしても、S氏の私生活を覗いた訳ではないし
育児や教育について語るつもりもないだろう。

ただ『責任感』を問いただけの話なのだ。



『責任感のある人』=『人の親』

このように書くと
『責任感のある人は人の親として相応しい』となる。


『人の親』=『責任感のある人』

これだと理想の形ではあるが、確定し難い。


未婚で子を持った事のないO君にとって
子育ては責任を持って然るべきという観念だ。

真面目な彼なら結婚生活も子育ても
きっと実直にやり遂げてしまうに違いない。

ただ、パートナーの思惑とのバランスと
次第に人格が備わって来る子供たちに
自分がどのように対応していくかがカギとなる。


彼の思うところの責任感。
一般的、社会的に求められる責任感。

人それぞれ尺度は違うにせよ、
僕の思う『人の親としての責任感』とは、
あらゆる事に手を差し伸べてあげる事では無く
常に見つめていてあげる事だ。


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posted by 神井 夙 at 22:02| 東京 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月07日

yokohama

 
「また中華バイキングに行きたい」

そう言ったのは長女だった。
以前、連れて行った横浜中華街の飲茶バイキングが
今頃になって気になってきたようだ。

最近、どこへ行くにしても参加率の悪い長女が
自ら行きたいところを指定してくる事は珍しいので
何とか願いを叶えてやりたいのだが
大抵はドタキャンされる事も多い。


「絶対に行こうな☆」と念を入れる。

金曜日の時点でも、仕事中にメールが来るほど
彼女の飲茶バイキング熱は非常に熱い。

土曜日の緊急出勤を終え、いよいよ当日の日曜日の朝・・・。



連続勤務続きでヘトヘトとイライラが重なっていた母親の
ちょっとした言動に反応した彼女のテンションは急降下バッド(下向き矢印)

またもやドタキャンを喰らってしまった・・・。



【2009年12月06日 (sun) 】

8:30
後ろ髪をひかれつつも、行く気満々の次女と三女を連れて出発。

途中、『長女が行きたかった飲茶バイキングはやめて
別のところへ行こうか?』という話から、
次女と三女のいろんな希望が交錯したために、
いくつかのコース変更を考えたのだが、
結局、そのまま当初の計画を実行する事になった。


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首都高から羽田線、横羽線、大黒線を乗りつないで山下町に入る。

次女の『ジェットコースターに乗りたい』という希望を叶えるには
コスモワールド付近に駐車して市内循環バスで中華街へ移動するか・・・。

と思ったのだが、10時を過ぎたこの時間では、すでにどこの駐車場もいっぱい。
ふたたび山下町へ戻り、山下埠頭の休日臨時駐車場へ車を入れた。

ここは穴場。 民間のパーキングよりも安く、中華街へも近い。


目標の店の飲茶バイキングは、11:30より入店出来る。

前回に行った時、早々に人の列が出来ていたので
このまま行っても差し支えないだろう。

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散歩を兼ねてブラブラ歩き。



三女: 「ねぇ、カメラ貸して!」

デジカメを奪われたので、自分の方はまたケータイ写真で・・・。
でも、いざという時に電池切れというのだけは避けたい。

で三女、やたらと撮りまくる・・・。

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う、やられたあせあせ(飛び散る汗)



店の前に着くと、すでに何組かの人たちが列を作っていた。
だが、さほどの長蛇ではない。

並ぶ事15分、店内に入り難なく席に着けた。

招福門


あれだけガツガツいける自信があったはずの三女は早々にダウン。

普段、部活で鍛えているせいか、痩身の次女の方が頑張って食べてくれた。

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満腹になったところで、腹ごなしに散歩。

コスモワールドまでは結構な距離があるので
バスで行こうかと思っていたのだが
次女の「気持ち悪くなりそう」の一言で徒歩決行。

海沿いの遊歩道をのんびり歩く。


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13:00 コスモワールド到着。

さて、最初はジェットコースターだね☆


もう、一緒に乗るまでもないので二人で行かせてみた。

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青空の下、コースターの轟音と乗客の歓声が響き渡る。

ほんの数十秒のアトラクションを終えた娘たちが降りてきた。
昼食の満腹感と30分近くに及ぶ散歩の疲れからか
コースターに乗るまで元気のなかった二人にようやく笑顔が蘇った。

ちょっと多めの回数券を買い、その足でお化け屋敷。
二人掛け席前後2列の乗り物に乗り、後席から子供たちを観る。
もはや子供騙しのお化け屋敷では、このふたりを
怖がらせられない事を実感するのだった。

ウォーターシュートに乗りたい三女。
次女はというと、さっきのジェットコースターで
もう満足してしまったようで首を縦に振らない。

三女: 「ねー、乗ろーよー」
次女: 「ヤダ。うちはもう乗らない」
神井: 「じゃあ、父さんと一緒に乗る?」
三女: 「えー、父さんとふたりじゃヤダ!」
神井: 「。゜゜(´□`。)°゜。」
三女: 「(次女に)ねぇ、乗ろうってば!」
神井: 「じゃあ、ひとりで乗って来いよ」
三女: 「えーっ、おひとり様≠カゃん」

こんなやりとりを数分繰り返し、結局のところ次女を説得。


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落下地点は2箇所。

最初に小さいところでウォーミングアップし
2度目は強烈なシューターが待っている。



急流すべり クリフ・ドロップ




ソフトクリームで休憩。

まだまだ遊び足りない三女を言いくるめ、
また中華街へ戻るために赤レンガ倉庫まで歩く。

臨時のスケートリンクが設置されていて
来た時には何の反応も見せなかった三女が
「スケートやりたい」を連呼。

無論、断固却下。

赤いくつ』に乗り中華街へ。


食べ物の好き嫌いが激しい人には土産にも気を使う。

定番の甘栗を買い、衝動的にえびせんを買い足して
駐車場へ戻りベイブリッジ経由の帰路を選択した。


傾いてゆく夕陽に照らされた都内の風景を観ながら。

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総走行距離: 約200km

 
posted by 神井 夙 at 18:10| 東京 晴れ| Comment(10) | TrackBack(0) | 日帰りスポット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月30日

子供色⇒自分色


娘たちの服装は、至って地味な方である。
色を見ると、黒、灰、白などの無彩色が多い。

成長するに従って、今まで着せられていた℃q供たちが
自分の好みの色を選択し、センスをアピールするようになるのだろう。


もっとも、幼児服〜子供服はパステル調の色で
可愛らしさを強調させる為の手段なのは何となく判る。
需要があるからなのか、供給側の勝手な押し売りなのかは知れぬが
他の色を選ぼうにもなかなか無いのが現状である。



彼女らが子供の頃、自宅の物干しは実に華やかであった。
ほとんどの服が、ピンク・黄・赤・・・。
寒色にしても水色やら若葉色やら、おもちゃが干してあるかのようだ。

男の子しかいない家庭の方々からは
『物干しが明るくていいね〜』と羨望されるほどである。


彼女らが小さい頃、絵を描くところを何気なくみていると
選ぶ色が赤系統か黄色系統である事にきづいた。

男の子は『青』、女の子は『赤』という認識が
幼少の頃には既に培われている。

これは男女差の本能によるものなのか?
それとも着せられてきた服や持たされたおもちゃの色が
『自分のカラー』だと洗脳されて育った意識なのか?

自分からは、子供たちに色を押し付けてきたつもりがなかっただけに
彼女らのこの行動は、僕を驚嘆させるには充分であった。


今はそれぞれが『自分色』を楽しんでいるようだが
その中に『おもちゃ色』は含まれていない。




posted by 神井 夙 at 12:40| 東京 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 子供たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする